三輪山登拝 裸足で ④

初めて裸足で三輪山登拝してきました

ほんとうにほんとうに不思議なんだけど

裸足で登拝すると

靴で登拝するよりも身体が楽に登拝できた

じゃあ足の裏は?

足の裏は傷一つなく

皮がめくれることもなく

一切の怪我なし

登拝が終わってからはっきりわかった

足の裏は『氣づき』そのもの

お話して良いものなのかどうなのか

でも

人によってその『氣づき』は違うものだし

わたしの『氣づき』を聞いたところで

受け取れるかどうかはそれぞれだし

受け取るものがあったとしてもそれぞれだなと

何より

以前のわたしのように

裸足で登拝している人は凄いなぁと思ってる人

わたしにはできないなぁ

わたしはできるとしてもまだまだ先だなぁと

裸足で受け取りたいと思っているけど行けてない人に届けなさいと

言われているような氣がするので

必要とする方に届きますように

次とその次とその次でお話します

『わたしの氣づき』ではなく

『まず、あなたの氣づきをあなたが氣づいて受け取りたい』という方は

次とその次とその次は読まないで裸足で登拝されてからどうぞ

裸足で登拝を終えてからわかったこと

裸足で登拝することは

凄いことをしているのではなく

強い願い事があってつらい修行をしようとしているのでもなく

裸足で登拝すると身体が楽で整い

必要な『氣づき』を受け取るからで

ただただ直にありがたさを受け取りながら

心も身体も氣持ち良く登拝する姿なんだ

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